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定義って難しい。語彙って難しい。日本語って難しい。

人生

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こんにちは、石田祐希(@yuki1y1m)です

 

昨日、書いた記事が軽く炎上しました。炎上というか批判のコメントが多く寄せられました。読んでくださった方、コメントをしてくださった方ありがとうございます。

 

僕の予想では、当たり障りのないことを書いたつもりだったので、当然炎上などせず、読んでくださった人からは割と納得してもらえたり、賛成してもらえる意見が多いんじゃないかと思っていた。でも、炎上してしまった。

 

そのように思っていたのだから、今回、批判のコメントが多かったのは、かなりの驚きだった。そして、改めて日本語って難しいなと思ったんです。

 

どうして批判コメントが多かったのか

 

 

使った言葉に対して自分が捉えていた意味と読んだ人の捉え方が違ってしまったのだ。今回は完全に自分が悪いんだけれども。

どういうことかというと、舛添さんの一件に対して、僕はあれを失敗と呼んでしまったのだ。

 

まず、失敗の本来の意味を見ていきたい。

やりそこなうこと。目的を果たせないこと。方法や目的を誤っていい結果を得られないこと。

以上のような意味が挙げられる。

 

僕は、政治家として失敗したという意味で使ったので、そこまで間違ってはいないような気もするのだが、あの場合で使うと政治資金を私的なことに使用したことがバレたことが失敗というように思われてしまったのだ。

政治家としての失敗は任期を終える前に辞職などをさせられてしまうことかな。

 

あの場合、どの言葉を使えばよかったか考えてみる。きっと、過ちだろう。

うーん、過ちかぁ。過ちと失敗。...。いや、どっちも変わんねーだろって思ったけど、

あの記事をもう一度見ると、過ちが許される社会がいい!って言ってるようなものだとすると、非常にまずいことを言っていたなと思う。笑(舛添さんの件が良い悪いは置いておいて)

 

だから、失敗っていうのは何かに挑戦したときに使うものであったということ。

 

そうぼくは今回、失敗の定義に失敗しました。 

 

言葉の意味1つで記事全体の意味が変わってしまう

 

何が言いたいかっていうと、言葉の一つで文章の意味や記事としての意味もだいぶ変わってくることがわかったということです。

 

記事書いてる側はこういう意味で使ったのに、読まれる側には別の意味で捉えられてしまうこともあるということ!当たり前だけど!

 

僕は、人生でほとんど勉強をしてこなかったので、教養も乏しいですし、語彙力もありません。勉強しなくてよかったとは思うけど、こういうとき困るんですよね。

自分で何かを説明したり、自分の意見を伝えるときもそう。相手の話を聞くときもある程度は言葉の本来の意味を知ってないと、大変なことになるし。

 

どうしても、すごいって表現するよりも、非常になどの言葉を使った方が頭が良さそうに見えるし、知識があるように思えてしまう。「これは損だ!」と思います!

 

もう、記事書いてたら、すごい、やばい、まじとか使えないですよね。

 

凄いの意味を検索してみると

ゾッとするほど恐ろしい。非常に気味が悪い。びっくりするほど程度が甚だしい。

などが出てくる。

驚きを表す意味は2つ目に大体出てくることに驚いた。凄いは本来、恐ろしいと思ったことに使うのか!って。

1番の意味で使われていない凄いという言葉にかわいそうという感情が芽生えました。

 

言葉1つで、全く意味が異なっていくので気をつけないといけないですね。これは、ブロガーやライターだけじゃなく社会人として生きていくには必須じゃないかと思います。

 

言いたかったことがちゃんと伝わるように!語彙力をつけよう!

 

では。

今日はこんな感じで!