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何かを得るためには、何かを捨てなければいけないということを受け入れなければいけない

人生

f:id:Shun_Yuki:20160620205025j:plainこんにちは、石田祐希(@yuki1y1m)です。

 

「何かを得るためには、何かを失わなければならない」という言葉を一度は聞いたことがあるのではないでしょうか。

当たり前といえば本当に当たり前なんですけど。

 

僕らは、日々過ごすうちに少なからず何か失ってるんですよね。

等価交換の原則。なんてことじゃなく、もっと日常的なことについて最近よく、そう思わされるようになったんです。

 

そう思ったきっかけ

まず、そう思ったきっかけを話したいと思います。

 

最近よくこれからのことを考えます。

「10年後、20年後何をしているんだろう」とか。「どうやって稼いで生きてこう」とか。大雑把なことから、現実的なことまでを大雑把に考えてます。

 

これからのことを考える上で、やりたいことはたくさんあるんだけれど、それをやるためには今こうして楽しく過ごしいる時間も無くなってしまうのかなという不安がよぎります。

 

「ああなりたい」「こうなりたい」とか、夢とか野望とかはごくごく普通にあるけれど、今の自分になかなか満足してしまっているんですよね。

 

なりたいものはあるけれど、今の生活が無くなってしまうのは嫌だなというのが、思ったきっかけ。

具体的に

商品に対して、対等のお金を払うとかそんな経済的なことじゃなくて、どちらかというと時間的な話をします。

 

例えば、何者かになるためには人は努力をしなければいけません。それがプログラマーだったら、それなりの知識と技術力やアイディアを生む力も必要です。プログラマーだけじゃなく、すべての職業にいえることだと思います。そういう、努力などのことを代償だと思います。

 

この例だと、何者かになるということを得るために、努力していることで時間と労力とか、その時間を使うことで本当はできたことを失っていると僕は思います。

 

そう、結局は何かを得るためにそれ相応の代償を払わなければいけないということ。

 

楽をして、何者にもなれないものだろうか。おそらく、誰もがそう思うと思います。

今の自分に満足をしている人も、今のままでいいと思うと思います。僕もそう思います。でもそれは、自分の可能性を捨ててると思うんですよね 。

 

何者かになれたのに、その可能性を捨てている。

それってじゃないですか?

 

もしかしたら、辛いこともあるし苦しいこともあるかもしれないけれど、そうして得たものはきっと他の何にでも得られないものなんじゃないでしょうか。

 それに、何者かになることで、その何者かにしかできないようなことができるようになったりもすると思います。付加価値的なもの。

 

人は何かを失っても何かを得ることの方が価値あることだと思うんです。

だから、得るためには、失わなければいけないことを受け入れなければいけないと思います。何も得ずに、何も失わないことよりも絶対に価値があるから。

あとがき

なんだか、とても話がまとまらなかったです。記事のタイトルに対して期待通りの文章は書けなかったと思います。

 

僕も、なりたいものになれてそれで本当に満足できるかが不安ではありますが、努力する人生を生きていこうと思います。

その方がきっと価値があるものだと信じているので!!